大阪高等裁判所 昭和44年(う)288号 判決 1969年12月22日
被告人 目良国博
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官片岡平太の提出にかかる控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、弁護人小松正次郎の作成にかかる答弁書に記載されているとおりであるから、それぞれここに引用する。
論旨第一は、本件当時被告人の勤務していた株式会社幸和には社長専用の乗用自動車一台のほかに二台の貨物自動車があつて、前者は夜間右会社の一階に設けられた事務所兼物置場に保管され、後者は右会社の建物から路地を折れ曲がつて約一五〇米ほど距たつた車庫代用の空地に常時保管されており、毎朝右社長常用車を会社の建物内から右空地前の道路上まで出しておくのが宿直社員の役目になつていたところ、当時宿直の番にあたつていた被告人は、当日朝社長常用車を会社の建物内から右空地前の道路上まで運転して同所に駐車させたのち、自己の担当である貨物自動車を右空地から出し、これを運転して一日の作業を終わり、午後九時ごろ再び右空地にいたつて自己の担当車を右空地内に入れて駐車させてから、会社の建物内にある宿泊所に帰つて就寝したというものであつて、同夜自己の担当車を右空地内に入れるさいには、長時間の作業によつて疲労していたため、社長常用車が同日朝駐車させたままの状態になつているのに気がつかなかつたと弁解していても、右空地付近の地理的状況からしてこれに気がつかなかつたはずがなく、また、宿泊所に帰つたさい、前記会社の物置場に社長常用車が格納されていないことは被告人みずから確認しているところであり、さらに、そのころ右会社の社長は四国方面へ出張していて、被告人以外の社員が社長常用車を前記駐車場所から移動させることが予想されるような特段の事情もなかつたのであるから、当時被告人において、右社長常用車が八時間を越えて終夜にわたり前記駐車場所に駐車したままの状態で置かれることの認識又は認容が少なくとも未必的には存在したものと認めるべきであるにもかかわらず、前記会社保有の自動車とその平素の保管場所との関係を究明することなく、社長常用車の平素の保管場所が前記空地であるかのごとく混同して前提たる事実関係の認定を誤つたうえに、被告人の弁解をそのまま容れて、本件犯行につき被告人に犯意がなかつたものとした原審の審理および判断には審理を尽くさない違法があるとともに、重大な事実の誤認が存する、と主張するものである。
そこで、所論の点について逐次検討を加えてみると、被告人が、法定の除外事由なく、昭和四三年六月一八日午後七時四八分ころから同月一九日午前三時五四分ころまでの間、大阪市天王寺区石ヶ辻三七番地先の道路上に普通乗用自動車を駐車させておき、もつて自動車が夜間に道路上の同一場所に引き続き八時間以上駐車することとなるような行為をしたとの事実に基づいて公訴を提起されたことおよび右公訴事実につき、原判決が、被告人は同月一八日朝社長常用車を右道路上に出したが、その後勤務に就き、午後九時ごろ勤務を終わつて自己の担当車を右番地所在の空地に入れたさいには、疲労等のため社長常用車が同日朝駐車させたままの状態で放置されていることに気づかず、同夜就寝して翌日午前一一時ころになりはじめてこのことを知つたものであるから、公訴事実に掲げる行為について犯意があつたものとは認められない旨の判断を示していることは、いずれも訴訟記録によつて明らかなところである。論旨は、右の公訴事実につき被告人における犯意の存在を主張するとともに、その前提となつている事実関係について原判断には誤認があるというので、訴訟記録中の各証拠と当審において取り調べた各証拠とを対比しながら、所論指摘の前提たる事実関係および本件事案の客観的経過を調べてみると、当裁判所の検証調書、証人吉田菊和、同藤村重三郎に対する各尋問調書、検察官の昭和四四年一〇月三日付電話聞取要旨書ならびに被告人の当裁判所公判廷における供述および検察官に対する昭和四四年五月二七日付供述調書によれば、被告人が当時勤務していた株式会社幸和は、せん維製品の販売を業とする従業員一〇名前後の小規模な会社で、その建物の一階には、事務所と従業員の宿泊施設があつたほか、一隅を区切つて乗用自動車一台を収容しうる程度のコンクリート敷の空間があり、同所は昼間作業場として使用されていたが、夜間は主に社長が使用していた乗用自動車一台を格納する場所となつていたこと、さらに、同会社には右乗用自動車のほかにも、商品の運搬等に使用するための貨物自動車二台があつて、被告人および他の従業員がそれぞれ運転使用すべく分担がきめられていたが、これらは、運搬作業が終わると、別に同会社がその建物から路地の距離にして約八〇米余を距てた前記公訴事実掲記の地番に所有し、モータープールとして使用していた空地に入れて保管されていたこと、また、右会社には格別宿直制度といつたほどの定めはなかつたが、当時被告人を含む三名の男子従業員が右宿泊施設に引き続き宿泊しており、朝になると前記社長用の乗用自動車が作業の妨げになるところから、右三名のうちの誰かが、社長の出勤前に事務所の釘にかけてあるキイを取つてこれを運転し、建物内から出して右モータープールに余裕のないときは、その前付近の道路上に駐車させておき、キイで施錠したのち、そのキイを持ち帰つてもとの釘にかけておくのが慣行となつていたこと、なお、右乗用自動車は、社長が社用のために自由に使用したのち、その使用が終わつて夜間にいたれば、多くの場合社長みずから運転してこれを前記会社建物内の駐車場所に格納しておくのが通例であつたこと、そして、本件公訴事実に掲げる昭和四三年六月一八日には、たまたま社長が四国方面へ出張中であつたが、被告人は、社内に宿泊していた従業員のなかで一番後輩にあたることもあつて、同日朝作業にかかる前に、平素の慣行のとおり、事務所の釘にかかつているキイを用い、前記会社の建物内に駐車保管されていた社長用の乗用自動車を運転して、右建物内から前記モータープール出入口脇の道路上まで移動させ、同所に駐車させて施錠してから、キイを持つて会社事務所に戻り、これをもとどおり釘にかけ、その後、自己の担当車を右モータープールから出してこれを運転し、終日運搬等の作業をしたのち、午後九時ころ、再び右モータープールにいたり、その担当車を同所に入れて駐車させたうえ、帰社して宿泊所で就寝したこと等の各事実をそれぞれ認めることができる。以上一連の関連事実のうち、前記会社の保有する自動車の保管場所やその保管状況に関する実情は、いずれも原審において取り調べられた各証拠資料中には十分明らかにされておらず、当審における事実取調の結果によつてはじめて明確にされた事項であり、したがって、原判決が、被告人において自己所属の自動車を道路に出すために社長常用の自動車を前記モータープール前の路上に放置したまま出勤した旨の真相に沿わない判示をするなど、審理の不十分からする事実関係の誤認をおかしていることは所論指摘のとおりであるが、かかる前提事実に関する認定の正否はしばらくおくとして、本件当日の朝被告人が、公訴事実掲記にかかる社長常用の自動車を前記モータープール前の道路上に駐車させ、同車両が公訴事実の時間を含む同日夜から翌朝までの間、引き続き右道路上の同一場所にそのままの状態で置かれていたことは、原審および当審において取り調べた全資料を通じて明白な事実と認められる。そこで、本件の最も重要な争点ともいうべき右のような社長常用車の駐車状態に関する被告人の認識の点について考察してみると、当裁判所の検証調書によつて明らかなとおり、被告人が本件社長常用車を駐車させた場所は、前記モータープール出入口の一方の端ときわめて僅かな間隔をおいた右モータープール寄りの路端であり、しかもその駐車の状態は、右モータープール出入口の方向に車体の後尾全面を向けて車体と道路とが平行するように置いてあつたものであるから、右モータープールに車両を出入させる場合において、その運転者が、本件駐車車両の存在に気がつかないはずはないものと考えられ、この点は、右モータープール出入口の幅員と、本件駐車車両の右出入口への近接状態からして、自動車の前照灯の照明のみに頼る夜間であつても少しも変わりがなく、また、付近の路傍にいかに多くの車両が駐車していたとしても、その存在の認識には全く事欠かなかつたものと認めざるをえない。まして、本件被告人の場合は、平素扱い慣れた勤務会社の車両であり、かつ、その駐車は同日朝被告人自身において行なつたものであるから、被告人の弁解するごとく一日の運搬作業でどのように疲労していたとしても、自己の担当車両を支障なく右モータープール内に入れるまでの運転操作をする間に、右社長常用車が同日朝みずから駐車させたままの状態でその駐車場所に存在することを認識しなかつたはずはないものといわなければならない。これに加えて、右の認識がある以上、当時右会社の社長は出張中であり、すでに就業時間も経過していて、社長のほかに他の従業員が右社長常用車を使用又は移動させることを予測すべき特段の事情もなかつたことからして、もし被告人において右車両をそのまま放置して帰社し、事後なんらの措置もとらないときには、同車両が同夜から翌朝にかけて引き続き同一場所に同一の状態で駐車させられたまま経過するであろうことも、また同社の従業員たる被告人においては当然思慮のうちにあつたものと推認されるのである。ところで、本件起訴状には、被告人の行為が自動車の保管場所の確保等に関する法律五条二項二号に違反したものとして、同法八条二項二号が罰条として掲げられているが、同法五条二項二号において、何人も自動車が夜間(日没時から日出時までの時間)に道路上の同一の場所に引き続き八時間以上駐車することとなるような行為をしてはならないとしている法意は、まずその行為主体として、当該自動車の保有者にかぎらず、これを最終的に駐車させた者を想定し、その者が、当該自動車を道路上に駐車させるにあたり、その駐車状態が夜間継続して八時間に達しない間に、自己又は他人において右自動車を使用又は移動させる等その駐車状態を解消することの予測をもつことなく、これを道路上に駐車させるか又は当該自動車を最終的に駐車させた者が、これを駐車させた時点においては右のような予測をもつていたが、その後翌日日出時までの間にその予測が消失したにもかかわらず、当初の駐車状態を解消させることなくこれを放置したことにより、当該自動車が夜間継続して八時間以上道路上の同一場所に駐車する結果を生じた場合に、その原因となつた右のような駐車させる行為又は駐車状態を放置する行為を禁止しているものと解するのが相当とおもわれる。したがって、これに違反した場合に成立すべき犯罪の犯意としては、当該自動車を最終的に駐車させた者において、これを駐車させた当時前記のような予測の立たないままこれを駐車させることの認識があるか又はこれを駐車させたのち、前記のような予測が消失したにもかかわらず、当初の駐車状態を放置することの認識があれば足りるのであつて、かようにして駐車させ又は駐車状態を放置したのちの時間の推移や、その駐車状態の継続についてまで認識していることは、同法八条二項二号の処罰規定の要求するところではないと解されるわけである。以上の理解のもとに本件の場合を考えてみると、上述のごとく、被告人は本件社長常用の自動車を前記モータープール前の道路上に駐車させた最終の者にあたるが、これを駐車させた当日朝の時点においては、当審において取り調べた各証人尋問調書にもうかがわれるとおり、社長常用の車両であつても、昼間は他の従業員が作業その他に使用することが必ずしも考えられないことではなかつた点からして、被告人が右駐車状態の解消することを全く予測していなかつたものと断定することはできない。しかしながら、同日の作業を終えて午後九時ころ、自己の担当車を右モータープール内に入れるべく、その付近にいたつたさいには、前述のとおり、同日朝自己の駐車させた社長常用車がすでに夜間に及んでも当初駐車させたときと同一の状態で道路上の同一場所に置かれていることに気づき、かつ、その後において自己又は他の従業員がこれを使用又は移動させるような事態は予測されないことを知りながら、これを放置して帰社した事実が推認されるのであつて、かかる以上、帰社したのち、右自動車に関することが全く被告人の脳裡から離れていたとしても、被告人は、当初みずから駐車させた自動車の駐車状態を、その解消されることの予測が消失したにもかかわらず、あえて放置したものにほかならず、当時の主観的状況においても、本件処罰規定の要件たる犯意の存在を認めるのに十分なものといわなければならない。かくして、本件公訴事実については、被告人における犯意の存在を認定することができるにもかかわらず、十分審理を尽くさなかつたこともあつて、その存在の証明がないとした原判決の判断には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があるものというほかなく、この点において論旨は理由があり、その他の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所においてさらに判決をすることとする。
(一)罪となるべき事実
被告人は、法定の除外事由なく、夜間である昭和四三年六月一八日午後七時四八分ころから同月一九日午前三時五四分ころまでの間、大阪市天王寺区石ヶ辻町三七番地先の道路上に普通乗用自動車一台を駐車させておき、もつて、自動車が夜間に道路上の同一場所に引き続き八時間以上駐車することとなるような行為をしたものである。
(二)証拠の標目(略)
(三)法令の適用
法律によると、被告人の判示所為は、自動車の保管場所の確保等に関する法律八条二項二号(五条二項二号違反)にあたるので、所定罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとし、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。